ようこそ!お越し下さいました!千葉音楽療法をしている古市です。

2012年07月08日

美しいものが、聴こえるには

こんにちは。千葉の音楽療法臨床家 古市です。

美しいものに触れたい
と、昨日書きました。

そんなこと、あるのかしら?

普段生活している中では、実感する機会はあまりないかもしれません。
毎日、用事があって、忙しくしている。

「そうだ、京都へ行こう」

テレビのコマーシャルです。

京都のお寺のお庭で、
仲良しの女性二人が、ただ縁側(なんて、言っていいのか)に、
座っている。

その二人は、

・おしゃべりをするわけでもない。
・お互いの顔を、見合わせているわけでもない。
・何かおもしろそうなことを、やっているわけでもない。

でも、座っています。

お庭には、

木が生えているだけ
石が置いてあるだけ
誰もいない

それなのに、一体何を、しているのでしょう。

■静けさの中で生まれる

テレビで、京都へ行く旅番組を見ていると、
旅をした人たちが何かを言います。

たとえば、

・落ち着けるね
・ゆったり時間が、流れているね
・こういう機会を、定期的に持ちたいね
・いつまでも、こうして(庭を)見ていたいね

などのようなことです。

きっと、作られたお庭は、計算されていると思います。
無造作に、雑然としているのではないことでしょう。

あるのは、

静けさ
必要最低限の刺激

ではないでしょうか。

■日常生活は、どうなっているのか

一概には、いえませんが、
私たちが暮らしているのは、どんなところでしょう。

千葉だよとか、日本だよ ではなくて、

話し声や、機械の音に囲まれている
テレビがずっとついている

色々なことがあると思います。

たくさんの刺激に囲まれ、時間に追い立てられていると、
今、目の前のことをやるだけで、精いっぱいになりませんか?

そうすると、道端に咲いているお花には、気づく暇がない。

見えていても、気づかない。

そんな風に暮らしている中で、急にゆったりした音楽に身をまかせるのは、
難しいことでしょう。

普段囲まれている刺激と比べて、物足りないわけです。

もっと、大きな音
もっと、速いもの
もっと、賑やかなもの
もっと、勢いのあるもの

そんなものでなければ、刺激が入らないわけです。
だから、満足できない。

それは、普段の生活とのギャップが、
生まれてしまっているからではないでしょうか。

最初、京都のお庭に入った時は、分からなくても。

少し座っているうちに、慣れてくるのではありませんか。
そうすると、お庭の素晴らしさが見えてくる。

静かに、音楽を鑑賞することは、最初は難しいかもしれません。

それは、現状がそういう状態だというだけです。

続けていくうちに、音楽が聴こえるようになる。
耳を傾け、情感と結びつくようになってくると思います。

posted by 古市美也子 at 06:00| 千葉 ☁| Comment(0) | ☆私たちの素晴らしい力(音楽療法) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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