ようこそ!お越し下さいました!千葉音楽療法をしている古市です。

2014年01月13日

できる できない

こんにちは。千葉の音楽療法臨床家 古市です。
久しぶりにブログの画面を見てみますと、ずいぶん変更されています。

パソコン検定はいくつか持っていますが。
何せ私が社会に出た時は、ワープロでしたので。
パソコンの波は一気に押し寄せ。
現在しっかり付いていけているとは、言い難いです。

ここ数年、お勉強熱に拍車をかけておりました。

なにせ、音楽科出というのは、学校のお勉強をろくにしていないわけで。。。
という、いいわけ。

専門書は、理解に時間がかかっております。

話は変わって。

おととしから去年の頭位のマイブームは、小林正観さんです。
図書館にある50冊を何度も読み返していました。
そうすると、NHKで日曜の朝5時〜 土曜の午後1時〜
放送されている「こころの時代」の意味に、ちょっとついていけているか。
前回は、内村鑑三さんのシリーズでしたが、
今回は中村元さんのシリーズが、とっても楽しいです。

他にはまっているのは、「丸山敏雄」さんです。
これは、本当にすごい!

また、ご紹介させていただくと思います。

近況はこのくらいで。

■できてる。できていない

全くできていないですよね。
やる意味あるんですか。

歌ってないですよね。
それでもやるんですか。

できないじゃないですか

こういうことって、よく耳にします。
結局は、止めさせようとしているわけですが。

この原因は、
何を基準にするかということの違いによるものです。

一般的には、みなさん。
ご自分を基準にされています。

働いている方は、健常者が多いですから。
健常者であることが、まだまだ基準になっているようです。

それから病状や症状で。

「認知症の方なんですよ」という言葉が出てくるのならば、
相手を「認知症」として見ていて、「認知症」に合わせている。
これも、ご自分の中に「認知症」とは、こういうものという枠がある。

そして、この意識は無意識です。

合わせている。
どちらが?

おそらく、相手があなたに合わせてくれています。

■全部 とりはらって みよう
相手が、「○○症」だから
でも、健常者とは違うから

そんなことは、もう考えるのは止めよう。

学校では、○○症は、こういう状態です。
と、習ったかもしれません。
新聞記事に書いてあったかもしれません。
本で読んだかも。テレビで見たかも。

では、学校で習った人が目の前にいるのですか?

学校で習った、○○症の人。

どんなことが嫌いで、どんなことが好きですか。

好きな食べ物は何ですか。
好きな音は、何ですか。
得意なリズムは何ですか。

このあたりは、学校である程度習うかもしれません。
ですが、習ったことは万人に共通するものでしょうか。

得意な分野は何ですか。

どれくらい、愛情を持っている人なの?
どれくらい気配りできるの?

それって、あなたの引き出しがなければ、相手の引き出しとあわないのよ。
引き出しのない人から見れば、相手の引き出しは、見えないのよ。

だから、自分の引き出しがないから、
相手が「できていない」ように見えるだけ。

自分を基準にして、見ているから。

自分より、気が利いているかもよ。
自分より、感謝が深いかもよ。

本当に、できないの?
もう1度よく見てみようよ。

posted by 古市美也子 at 06:00| 千葉 ☁| Comment(0) | ☆私たちの素晴らしい力(音楽療法) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年09月27日

それって、本当にお魚なの?

こんにちは。千葉の音楽療法臨床家 古市です。

「発奮しようぜ」の記事で、ひと夏過ごしてしまいました。
この記事が、いつも目に着くのは、ちょっと恥ずかしいですね。

金魚は夏らしいですが、もう少し、金魚で行こうと思います。

施設には、水槽があって、
きれいなお魚が泳いでいるのを、よく見かけるんですよ。

あなたは、お魚って、どんなものか知っていますか?

さんまでしょ。
焼いて食べるのよ。

しゃけじゃん。
サーモンの握りさ。

というわけです。

では、お魚は。
・泳いでいる。
・水の中にいる。

だから、水槽の中にいるのは、「お魚」。

■それって、本当にお魚なの?

あなたがお魚って、分かる理由。

水槽は、目で見ます。

パッと見て。
水槽が目に入るでしょう。

そうしたら、その瞬間に。

中にいるものは、お魚って、分かりますか?

もしかしたら、
カブトムシかもしれない。
ピラニアかもしれない。
グッピーかもしれない。
カメレオンかもしれない。
鈴虫かもしれない。
金魚かもしれない。

水槽の中には、お魚がいる。
でも実は、鈴虫かもしれないのです。

■しっかり見よう

水槽を見た瞬間。

「お魚でしょ」と言うかもしれません。

でも実は、鈴虫だとしたら。
「お魚なの?よ〜く見て」
もっとよく見ていただかなくてはなりません。

「あら?魚じゃないみたいね。なに、これ?動いてる。虫?」

そこから、
「鈴虫みたいね」
というところまで。

見えたのと、何か分かるということは、違うわけです。
ここには、時間が必要かもしれません。

ですが、
「見た」だけでなく、「何か分かった」ところまでの到達が、大切です。



posted by 古市美也子 at 19:01| 千葉 ☁| Comment(0) | ☆私たちの素晴らしい力(音楽療法) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年07月08日

美しいものが、聴こえるには

こんにちは。千葉の音楽療法臨床家 古市です。

美しいものに触れたい
と、昨日書きました。

そんなこと、あるのかしら?

普段生活している中では、実感する機会はあまりないかもしれません。
毎日、用事があって、忙しくしている。

「そうだ、京都へ行こう」

テレビのコマーシャルです。

京都のお寺のお庭で、
仲良しの女性二人が、ただ縁側(なんて、言っていいのか)に、
座っている。

その二人は、

・おしゃべりをするわけでもない。
・お互いの顔を、見合わせているわけでもない。
・何かおもしろそうなことを、やっているわけでもない。

でも、座っています。

お庭には、

木が生えているだけ
石が置いてあるだけ
誰もいない

それなのに、一体何を、しているのでしょう。

■静けさの中で生まれる

テレビで、京都へ行く旅番組を見ていると、
旅をした人たちが何かを言います。

たとえば、

・落ち着けるね
・ゆったり時間が、流れているね
・こういう機会を、定期的に持ちたいね
・いつまでも、こうして(庭を)見ていたいね

などのようなことです。

きっと、作られたお庭は、計算されていると思います。
無造作に、雑然としているのではないことでしょう。

あるのは、

静けさ
必要最低限の刺激

ではないでしょうか。

■日常生活は、どうなっているのか

一概には、いえませんが、
私たちが暮らしているのは、どんなところでしょう。

千葉だよとか、日本だよ ではなくて、

話し声や、機械の音に囲まれている
テレビがずっとついている

色々なことがあると思います。

たくさんの刺激に囲まれ、時間に追い立てられていると、
今、目の前のことをやるだけで、精いっぱいになりませんか?

そうすると、道端に咲いているお花には、気づく暇がない。

見えていても、気づかない。

そんな風に暮らしている中で、急にゆったりした音楽に身をまかせるのは、
難しいことでしょう。

普段囲まれている刺激と比べて、物足りないわけです。

もっと、大きな音
もっと、速いもの
もっと、賑やかなもの
もっと、勢いのあるもの

そんなものでなければ、刺激が入らないわけです。
だから、満足できない。

それは、普段の生活とのギャップが、
生まれてしまっているからではないでしょうか。

最初、京都のお庭に入った時は、分からなくても。

少し座っているうちに、慣れてくるのではありませんか。
そうすると、お庭の素晴らしさが見えてくる。

静かに、音楽を鑑賞することは、最初は難しいかもしれません。

それは、現状がそういう状態だというだけです。

続けていくうちに、音楽が聴こえるようになる。
耳を傾け、情感と結びつくようになってくると思います。

posted by 古市美也子 at 06:00| 千葉 ☁| Comment(0) | ☆私たちの素晴らしい力(音楽療法) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年11月28日

テンポは揃うよ

こんにちは。千葉の音楽療法臨床家 古市です。

指揮者が棒を振っています。
曲が始まる前に振る棒。

どんな意味があると思いますか?

■テンポの合図

音楽が始まる前には、なんらかの合図があります。

指揮者が棒を振ると、音が鳴りますね。
指揮者の空振りは、テンポの合図です。
指揮者が振った速さが、その曲の速さです。

みんなで一緒に歌う時、
前奏がありますね。

前奏を聞いて、同じ速さで歌うわけです。

それから、

「せーの」
「さんはい」
「いちにのさんはい」

などと言ってはじめますね。

せー ・ の
さん ・ はい
いち ・ にの ・ さん ・ はい

この速さが、曲の速さとなるのです。

■テンポがめちゃめちゃでも

ですが、そんなこと構わずに歌っちゃう。
ということがありますね。

無伴奏でみんなで「せーの」で歌いだしたら・・・

いろんな速さの人がいる。

うわぁ〜。めちゃめちゃだ〜。

そんな時。

歌っているうちに揃ってくる。

他の人たちの声が聞える。

お互いの声を聞き合って。

自分の速さとみんなの速さ。
揃ってくるのです。

私たちには、そんな素晴らしい力があるのです。
posted by 古市美也子 at 06:00| 千葉 ☀| Comment(0) | ☆私たちの素晴らしい力(音楽療法) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年11月04日

自分の力でできるよ

こんにちは。千葉の音楽療法臨床家 古市です。

みなさんは、舞台を見に行ったことがありますか?

舞台といってもいろいろあります。

・演劇
・人形劇
・踊り
・オペラ

今日は、声のお話し。

■よく届くねぇ〜

演歌やJポップの人たちは、マイクを使った音ですね。
とっても大きな開場で。

球場などでもコンサートが行われています。
こういう場合、マイクを使っています。

オペラ歌手の方も、マイクがあったりします。

ですが。

普段の劇場の場合。

マイクはないわけです。
自分の声です。

あなたは、同じようにできますか?

例えば、サントリーホールの2階席の一番後ろの人へ。

あなたの地声でうたった歌。
届くでしょうか?

      ♪      ♪      ♪

俳優さんや、歌手の方と私たちは違います。
ですから、同じようにはできません。

これは、たとえばのお話しなのです。

音楽療法の現場に置き換えますと。

歌手の方が働いている側のみなさん。
お客さんが、参加者のみなさんです。

それだけ、声の大きさが違うのです。
出そうと思っても出るわけではないのです。

ですが。

■自分の力でできるよ

歌手の方は訓練しているから、できるのです。

歌手の方にいつまでもリードしてもらっていては、
いつまでたっても、自力で歌えるようになりません。

たよりなく思えても。
うまくいかなくても。

自分の力。

よ〜く聞こうとします。
たくさん息を吸います。
しっかり音を取ろうとします。
自分の声を、みんなに届かせようとします。

誰かのリードがなくなることで、生まれる機会。

大切なのは、上手さではないのです。
ご自分の機能を使うことが、必要なのです。

プロも練習しているからできるのです。
機会があるからできるのです。

そこには、何度も失敗があります。

リードがなきゃできない。
ではなく、

リードがないからできるようになる。

なまけているわけではありません。
どうしても支える必要がある時だけ、
ちょっと支える。

後は、みなさんと同じ声量で歌う必要があるのです。
posted by 古市美也子 at 16:21| 千葉 ☁| Comment(0) | ☆私たちの素晴らしい力(音楽療法) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。


×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。